この時期が財政調整による平等を実現する第一期であり、保険料収入の不足分を税金で補うことによって、相対的に恵まれない人々が受診しやすくなった。
その結果、とくに高齢者については負担がなくなったので受診率は大幅に向上した。
さらに、必ずしも十分に予期されなかったことであるが、入院医療が大幅に増大し、その結果、施設介護が日本において初めて本格的に普及しだした。
老人医療に対する政府の補助金は昭和五〇年代前半においてほぼ倍増し、昭和五五(一九八○)年には一兆円近くに達した。
高齢者がこのように「ただ」医療を受けられるような体制は、保守派から「福祉垂れ流し」として批判を受けるようになり、昭和五〇年代後半の行革による財政支出削減の標的にされた。
昭和五〇年代後半に行われた一連の制度改革は、行革に沿って政府の財政負担を削減することが主な目的であったが、弱者切り捨てという方法はとられず、むしろ制度全体としてはより平等になった。
その主な理由は、政府の一般財源の投入が減った分だけ被用者保険が負担するようになったからである。
つまり、第一期の財政調整は税金を財源とした底上げであったのに対して、第二期は被用者保険に拠出を求め、とくに老人加入率が低い組合健保の恵まれた地位を引き下げることによる平等の推進であった。
アメリカでは平成六年の中間選挙において共和党が上下両院で過半数をとったが、財政支出削減の標的にされたのが高齢者のための公的医療保障(メディケア)と、貧困者のための公的医療保護具体的には、まず第一に昭和五八(一九八三)年施行された老人保健法によって、それまで国が老人の自己負担分を払っていたのを改め、老人医療全体の費用を、保険者が七割、国が二割、都道府県と市町村が残り一割を折半するプールから払うように改めた。
そして、このプールに対して各保険者は加入している老人の割合に関係なく均等に拠出することが義務づけられたので、老人加入割合が低かった保険者ほど大きな負担が強いられるようになった。
当然ながら健保連等ほ反対したが、行革による国の財政支出削減の圧力は大きく、また昭和五六年に行われた診療報酬の改正で医療費が抑制され、当時組合健保は黒字幅が増大していたこともあって押し切られた。
確かに老人保健法によりそれまで「ただ」であった老人医療に対して、少額の定額負担が諜せられるようになったので福祉の後退という批判もあった。
だが、窓口での自己負担割合を統一して、平等にするという別の「公平性」の観点からすれば、必ずしも「後退」であるとはいえないであろう。
なお、当時導入された負担は入院一目当り三〇〇円(現在は七〇〇円)、外来一カ月四〇〇円(同一〇一〇円)に過ぎなかった。
第二は、昭和五九(一九八四)年に創設された退職者医療制度である。
同制度により退職したサラリーマンとその家族は国保に加入していながら、医療機関の窓口での自己負担割合は本人は二割、家族は入院二割、外来三割に軽減された。
財源は被保険者の国保の保険料と被用者保険からの拠出金であり、被用者保険にとっては新たな負担となった。
第三は、昭和五九年に実施された健康保険本人に対する一割の自己負担導入である。
これにより、従来は「ただ」であった健保本人も受診した際には定率の負担をするようになった。
なお、拠出金が大幅に増えたことに対して日経連や健保連等からの不満が抑えがたくなると、それに対応して平成三二九九二年には介護に関連深い老人医療に対する国の負担割合を増やし、組合健保等の負担を軽減する措置等がとられた。
このように財政調整の仕組みは複雑で且つフレキシブルであるので、医療保険制度の骨格に手をつけることなく、「公平性」に対する世論の認識の変化を反映して調整がなされている。
しかしな、から、これまでのような制度の微調整では、医療政策における最大の課題である高齢者ケアに対応することは困難であるといえよう。
日本は世界で最も早いベースで高齢化が進んでおり、一九六〇(昭和三五)年ではユハ五歳以上の割合が六%に過ぎなかったのが、一九九〇年には倍増し、二〇二五年にはついに四人に一人となり、介護を要する高齢者も五〇〇万人以上に達すると推計されている。
このように増大する介護需要に対して、まず提供体制の整備について、厚生省は平成元(一九八九〕年に人員、施設の拡充目標を提示したゴールドプラン盲同齢者保健福祉推進十カ年戦略)を発表し、平成六∵九九四)年にはその目標値が上方に修正された。
しかしながら、一般財源だけでは高齢者のケアを賄うのは難しく、また国民にとってもっと利用しやすい体制にする必要があるという政策判断から、平成六年末には介護保険の構想が提示された。
介護保険はまったく新しい形の社会保険であり、国民全員から保険料を強制的に徴収し、さらにその保険料と同額の公費を用意することが計画されている。
考え方としては、確かにドイツに倣っているが、ドイツに導入されたのは平成七年(施設ケアについては八年)であり、その効果はまだほとんど検証されていない。
またドイツでは公費の負担はなく、さらに介護保険で給付されるサービスもヘルパーも老人ホーム等の狭い意味の「介護」に限定されているのに対して、日本では訪問看護や老人病院を含めたより幅の広いケア全般を対象とすることが想定されている。
したがって、医療サービスも含めて給付されるので、本来は「長期ケア保険」と呼ぶべきであろう。
つまり、従来の医療保険が短期のケアを対象とするのに対して、施設、在宅を問わず、長期の継続的ケアが対象となる。
介護保険は国が国民に対して介護サービスを保障する画期的な構想であるが、それが登場した直接の契機としては、次のような緊急な課題があった。
第一は、序章で述べたように、確かに医療費は対GDP費からみればあまり伸びていないが、老人医療費は将来大きく増大することが危惧されている。
とくに老人医療費の中には「社会的入院」で代表されるような本来ならば医療の範疇にない部分まで含まれていることがこうした不安に拍車をかけている。
そして、健保連を始め大企業から、老人医療や退職者医療に対する拠出金が増えたために保険料を値上げしなければならない現状に対して反発が強まっている。
第二は、農村部の町村が保険者となっている国保が事実上保険として機能しなくなっていることである。
もともと人口の少ない町村ではリスクの分散が難しく、そのうえ過疎化により就業者が都会に流出したために高齢者の割合が高くなっている。
これらの町村に対しては国の追加的な助成が行われているが、それでも所得水準が必ずしも高くない住民に対して、一人当りの最高限度額である年間五二万円にも達する保険料が徴収されている。
こうした地域格差の存在は一般にはあまり認識されておらず、たとえば年金生活者が郷里に帰ってみて保険料負担の大きさに初めて気づくことが多いが、公平性の観点から非常に大きな問題である。
老人保健法が導入された際に、加入者按分される高齢者の割合に二〇%の限度を設けたため、高齢割合がそれ以上進んだ場合には対象にならないことが問題をいっそう深刻にしている。
これに対して平成七年度には限変は二二%となり、平成八年蜜にはさらに二四-二六%の間にあげることが決まっている。
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